「もし今日が人生最後の日なら、どこに行きたい?」
なかなかパンチの効いた質問である。バーソロミュークマかよって。
朝からこんなことを聞かれたら、私だったら 「とりあえずコーヒー飲ませて」 と答える。
それくらい、死というのは遠いようで近いし、考え出すと脳のメモリを99%消費する。

とりあえず…トール ダークモカチップフラペチーノ、エスプレッソ2ショット、モカシロップライト、チョコチップエクストラ、無脂肪ミルク、ノンホイップ、エスプレッソアフォガート追加で。
でもね。
ひすいこたろうさんの 『あした死ぬかもよ?』 を読んでしまったら、
「うわああ、もし明日死ぬなら、今日なにする???」
ってパニックになる。
この本、ヤバい。
「もし明日死ぬとしたら、あなたは今日をどう生きる?」というテーマが根底にあるのだが、
考えれば考えるほど、「昨日の夜ご飯、カップ麺だったの大後悔」って気持ちになる。
いやいや、もし明日死ぬんだったら、カップ麺より寿司食べるやろ!
自分の「とりあえず食えればええか!VIVA!ジャンク精神」にガックリきてしまう。
そして、本を閉じたあとに気づく。
「いつ死んでも後悔しないように、今この瞬間をどう生きるか?」
これを考えることって、つまり、
「今日を最高に生きるヒントを見つける」 ってこと?
というわけで、「もし今日が人生最後の日なら、どこに行く?」 について真剣に考えてみた。
人生最後の旅、あなたはどこへ行きたい?
1. 海外の絶景か? それとも…意外と家?
「最後の旅」と聞くと、多くの人が想像するのは、
- モルディブの青い海で最後までリア充を求めてリゾート満喫
- フィレンツェの街並みを眺めながらワイン(私は下戸)
- グランドキャニオンで「わしは生きた!」と叫ぶ(あそこは意外に寒い)
……みたいな、なんとも “人生のクライマックス” っぽい風景。
でも、ふと考えた。
「そんな遠く行く時間ある?」
だって、今日死ぬんやろ?
飛行機乗ってる間にタイムリミット迎えたら、
「最後の景色が機内食のチキンorビーフ」 という悲しいことになりかねない。
「いやいや、どこ行くかより、誰といるかじゃない?」 って気がしてきた。
2. どこよりも、誰と過ごすかが大事説
『あした死ぬかもよ?』の中で、ひすいさんが伝えていたのは、
「結局、人生は人とのつながり」ってことだ。
たしかに。
どんなに絶景の場所にいても、
一緒に笑える人がいなかったら、ただの孤独のエモ旅。
逆に、家の近所の公園でも、
家族や大切な人と一緒なら、それは最高の旅になるかもしれない。
たとえば、もし今日が最後の日なら、私はべちこ(妻)と一緒にいると思う。
「今までありがとう」と言いいながら、
「一緒にいてくれて最高だった」と伝える。
ついでに、「最後に背中かいて」と甘えてみる。
たぶん、怒られる。
でも、それすら愛おしい。
3. 私の「最後の旅」は、思い出の国へ

サメット島のビーチサイドのレストラン
もし本当に最後なら、私はべちことタイに行きたい。
理由はシンプル。
あの場所で過ごした時間が、私の中で 「べちこと一生一緒にいることを決めた国」だから。
いやいや、三木道三かよ。時間ないって言ってたやん⁉︎
って言うのはさておく。前日の深夜便で行くことにするので許してもらいたい。
タイはべちこと付き合って半年の頃、当時、離職中だった私にべちこから
「3ヶ月タイ行こう!」と言われその1ヶ月後には2人でタイ生活が始まった場所。
タイ語も読めない、土地勘もゼロ、
そんな中でサバイブしながらもなんとケンカは一回もしなかった。
厳密に言えば、べちこがお腹空きすぎて不機嫌になったことはあったよ。一回ね。
タイでのプチ移住期間が終わり、帰国してから約1年半後、改めてタイ旅行に。
もちろん目的はプロポーズの為。
無事にYESと言ってもらえて、タイという国は私の心身ともに大切な国の一つとなった。
そんな場所に、最後の日にべちこと戻れるなら、
それ以上に幸せな旅はない。

ご飯もおいしいしね!
結局、「最後の旅」を考えることは、「今日どう生きるか」を考えることだった
ひすいこたろうさんの本のヤバいところは、
読み終えたら「死ぬことを考える=生きることを考える」になるってとこだ。
「もし今日が人生最後の日なら?」
この質問は、決して悲しいものではない。
むしろ、「じゃあ今日、なにを大切にする?」 って問いかけなのだ。
- 会いたい人に、今すぐ会いに行く(「そのうち」は永遠に来ないかもしれん)
- 好きなものを食べる(カップ麺より寿司! ステーキ! ケーキ!)
- 「また今度」と言わずに、やりたいことをやる
つまり、こういうことだ。
「いつか」じゃなくて「今日」やろ。
まとめ:「今を本気で生きる旅」をしよう
もし今日死ぬなら、あなたはどこに行く?
- モルディブのビーチ? それとも、実家のこたつ?
- エッフェル塔の下でワイン? それとも、幼い頃の思い出の場所?
その答えに、正解はない。
でも、こうして「最後の旅」を考えることで、
今日という一日が、なんだか愛おしく思えてきません?
「明日死ぬかもしれんから、カップ麺より寿司を食べよう」でもいい。
「とりあえず親に電話しとくか」でもいい。
「好きって伝えてみるか」でもいい。
そうやって、今日をちゃんと生きること が、
もしかしたら 「最後の旅」なんかより、ずっと大事なこと なのかもしれない。
さあ、あなたは今からどこに行く?